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東京高等裁判所 平成8年(ネ)4635号 判決 1997年1月29日

主文

一  本件控訴に基づき、原判決を次のとおり変更する。

1  被控訴人は、控訴人に対し、一二〇二万五七一二円及びこれに対する平成七年四月八日から支払ずみまで年五分の割合による金員を支払え。

2  控訴人のその余の請求を棄却する。

二  本件附帯控訴を棄却する。

三  訴訟費用は第一、二審を通じてこれを四分し、その一を被控訴人の、その余を控訴人の各負担とする。

四  この判決の主文第一項1は、仮に執行することができる。

理由

【事実及び理由】

第一  当事者の求めた裁判

一  控訴人

1 原判決を次のとおり変更する。

被控訴人は、控訴人に対し、四四三六万六九六八円及び内金四〇三六万六九六八円に対する平成七年四月八日から支払ずみまで年五分の割合による金員を支払え(請求の減縮)。

2 本件附帯控訴を棄却する。

3 訴訟費用は第一、二審とも被控訴人の負担とする。

4 仮執行の宣言。

二  被控訴人

1 本件控訴を棄却する。

2 附帯控訴として

(一) 原判決中被控訴人の敗訴部分を取り消す。

(二) 右部分につき、控訴人の請求を棄却する。

3 訴訟費用は第一、二審とも控訴人の負担とする。

第二  事案の概要

次のとおり付加、訂正するほか、原判決の「事実及び理由」第二に記載のとおりであるから、これを引用する。

一  原判決三頁五行目の冒頭から同六行目の末尾までを次のとおり改める。

「本件は、競輪選手をしていた控訴人が、自転車に乗って道路を横断しようとした際、被控訴人運転の普通乗用車に衝突されて負傷したため、右自動車の所有者である被控訴人に対し、自動車損害賠償保障法三条に基づき損害賠償を求めた事案であり、原審は、控訴人の請求を一部認容した。

原判決に対し、控訴人が控訴してその請求を減縮し、被控訴人が附帯控訴した。」

二  同五頁七行目の「五四八万一三二一円」を「五五三万四六二一円」に改める。

三  同六頁一行目の次に行を変えて次のとおり加える。

「控訴人の損害額に関する主張は次のとおりである。

1 治療費 九一万七三四六円(争いがない。)

2 近親者付添看護費 一万二〇〇〇円

3 入院雑費 四万四八〇〇円

4 入通院交通費 二四万九六四〇円

5 休業損害 五九二万九一二四円

平成三年一二月一日から症状固定日である平成五年一月二二日までの四一九日間の損害

6 逸失利益 三一六三万八六七九円

控訴人が本件事故により被った傷害は、平成五年一月二二日に症状が固定したが、なお、左下腿の疼痛・動作時の激痛及び左下腿筋力の低下の後遺症(一四級一〇号)がある。

(一) 平成五年一月二三日から控訴人が競輪選手登録を消除された平成七年四月七日までの損害 四八五万三三四五円

(二) 平成七年四月七日から五七歳までの損害 二五七二万四六〇三円

(三) 五八歳から六七歳までの損害 一〇六万〇七三一円

7 受給者拠出金負担増による損害 二八六万円

受給者拠出金の納入については、競輪選手年金規程附則6が「競輪選手年金受給権者で加入期間が一五年未満の者は、別表受給者拠出金を加入期間年数に応じ退職給付より差引き納入するものとする。」と定め、この受益者拠出金以外に加入者の負担を定めた規定は一切ない。したがって、受給者拠出金は、「加入期間一五年未満の者」が加入年数に応じた右規程別表4に定める金額を退職給付金より差引き一括納入することになっており、「収入から毎月二万円ずつ控除され」納入することにはなっていない。控訴人の場合は、本件事故に遭遇しなければ、加入期間が優に一五年を超える予定であったのに、本件事故に遭遇したために加入期間が三年一月で脱退を余儀なくされ、加入期間に応じた二八六万円を負担せざるを得なかったのであるから、右金額は、本件事故による損害というべきである。

8 慰謝料 五〇〇万円

(小計) 四六六五万一五八九円

9 損害の填補 六二八万四六二一円(争いがない。)

10 弁護士費用 四〇〇万円

11 差引合計 四四三六万六九六八円」

第三  争点についての判断

一  控訴人の治療経過及び後遺症について

1 前記当事者間に争いのない事実並びに《証拠略》によれば、次の事実が認められる。

(一) 控訴人は、昭和三〇年九月一五日生の男子で、自動車工業高校を卒業後、昭和五五年四月に競輪選手として登録し、競輪のレースに出場していたものであり、平成三年一〇月二八日のレース中に転倒して左第六、七肋骨骨折の傷害を負い、同月三〇日からもちづき整形外科に入院していたが、順調に回復していたので、同年一一月一五日ないし二〇日ころには退院し、その後、一、二回通院すれば治癒する見込みであったところ、控訴人は、同年一一月一〇日、許可を得て外出した際に発生した本件事故により、右膝挫創及び打撲、左下腿挫滅創(前脛骨筋まで達する深さのもの)、腰部打撲、左手部打撲の傷害を負った。

(二)(1) 控訴人は、本件事故後直ちに、静岡市沓谷所在のもちづき整形外科に入院し、同年一二月二日まで二三日間入院し、その後、平成四年三月三一日までの間に一六回通院した。

(2) その間、控訴人は、平成四年二月一〇日ころから競技に参加するようになったが、同月一八日のレースで左下腿の本件事故で負傷して手術した部分(以下「本件手術部分」という。)に痛みを感じたので、レース後に名古屋の大須賀病院の診察を受けたところ、本件手術部分が完全についていなかったために剥がれたのではないかと示唆され、右手術を行ったもちづき整形外科において、再び通院加療を受けた。

(3) 控訴人は、二〇日間位訓練を休んだ後、同年三月一〇日ころから再び訓練を始め、同年四月一〇日からレースにも出場するようになった。

(三)(1) しかし、控訴人としては、レースでダッシュすると前脛骨筋に激痛が走り、成績も芳しくなかったため、同年五月一六日から同年一〇月一三日までの間、東京都港区西新橋所在の慈恵会医科大学附属病院において、本件手術部分について通院加療を受けた(通院実日数・七日)。

(2) 控訴人は、慈恵会医科大学附属病院の医師の勧めにより、同年五月二九日から、同病院と関連のある東京都港区赤坂所在の赤坂病院において、本件手術部分について通院加療を受け、同年六月二五日から同年七月三日までの九日間入院して右部分について再度手術を受け、その後も平成五年一月二二日まで通院治療を受けた(通院実日数・一四日)。

(四) 控訴人の症状は、平成五年一月二二日をもって固定したが、なお、左下腿の疼痛・動作時痛、左下腿の筋力低下の後遺症があり、右の後遺症は、自動車損害賠償保障法施行令二条別表の一四級一〇号に相当する。

(五) 控訴人は、平成七年四月七日、競輪選手登録を消除され、同年七月から、ラーメン屋を開業するため、中華料理店を経営している友人のもとで、無給で修業をしていたが、平成八年一月八日から、軽貨物自動車を使用して軽貨物運送事業を始めた。

2 被控訴人は、控訴人が平成四年二月一八日のレース中に受傷した部分は左下腿二頭筋であるから、右の受傷は本件事故と因果関係がない旨主張し、もちづき整形外科の回答書には、「左下腿筋膜断裂の部位は下腿二頭筋(ふくらはぎ)の筋膜です」との記載があるが、<1> 控訴人が右レース中に痛みを感じたのは、本件手術部分であること(原審における控訴人本人)、<2> もちづき整形外科のカルテには、受傷した筋膜の位置について明確な記載はなく、同外科の医師は、右受傷後の診察において、本件手術部分が完全についていなかったのではないかと言っていたこと(原審における控訴人本人)、<3> 赤坂病院で治療を受けた平成四年五月末当時、左下腿二頭筋について治療を必要とするような所見はなく、同病院において、本件手術部分について再度手術及び治療がされていること、<4> 同年五月から一〇月まで通院した慈恵会医科大学附属病院においても、左下腿二頭筋についての治療がされていないこと、以上の事情に照らすと、被控訴人の主張に沿う前記の証拠は措信することができず、他に前記認定を覆すに足りる証拠はない。したがって、被控訴人の前記主張は、採用することができない。

二  控訴人の損害について

1 治療費 九一万七三四六円(争いがない。)

被控訴人は、右治療費のうち左大腿二頭筋部分の治療費については、本件事故と因果関係はない旨主張するが、前記一2に述べたところに照らせば、右の治療費は本件事故と相当因果関係にあるものと認められるので、右の主張は、採用することができない。

2 近親者付添看護費 九〇〇〇円

《証拠略》によれば、医師の指示により、控訴人の入院中である平成四年六月二六日及び同月二七日に、控訴人の妻が付き添ったことが認められるので、一日当たり四五〇〇円、合計九〇〇〇円を付添看護費として認めるのが相当である。

3 入院雑費 二万五二〇〇円

控訴人は、もちづき整形外科に平成三年一一月一〇日から同年一二月二日まで、赤坂病院に平成四年六月二五日から同年七月三日までの合計三二日間入院しているところ、前記一1(一)に認定したとおり、本件事故当時、肋骨骨折により既に入院中で、平成三年一一月一五日ないし二〇日ころに退院できる見込みであったのであるから、同月一〇日から同月二〇日までの一一日間は、本件事故に遭遇しなくても入院雑費を要した可能性を否定することができないので、控え目にみて右一一日間を控除した残日数二一日分につき一日当たり一二〇〇円の合計二万五二〇〇円をもって本件事故と相当因果関係のある入院費として認めるのが相当である。

4 入通院交通費 二四万九六四〇円

《証拠略》によれば、赤坂病院における手術後、医師の指示により控訴人の妻が付添のために要した交通費を含め、入通院交通費として合計二四万九六四〇円を要したことが認められるところ、これらは全て本件事故と相当因果関係があるものと認められる。

5 休業損害 五九二万九一二四円

前記一1(一)ないし(三)の事実並びに《証拠略》によれば、控訴人は、<1> 平成二年度には、必要経費を控除した後の所得金額が五八〇万〇六五九円(所得率・六〇・六パーセント。一日当たり一万五八九二円)であったこと、<2> 本件事故前に負った肋骨骨折のため、平成三年一一月末日までは、競輪選手としてレースに出場できない状態であったが、その後は、出場可能であったこと、<3> 本件事故による傷害のため、平成三年一二月一日から症状固定日である平成五年一月二二日までの四一九日間、レースで一二〇万四〇〇〇円の賞金を獲得しただけであること、以上の事実が認められる。

右の事実によれば、次の算式により、控訴人の休業損害は五九二万九一二四円であると認めるのが相当である。

15、892×419-(1、204、000×0・606)=5、929、124

6 逸失利益 一二八四万五三〇三円

(一) 競輪選手としての稼働可能期間

《証拠略》によれば、日本競輪選手会静岡支部の平成七年前期における競輪選手の平均退職年齢は四六・七歳であることが認められ、この事実によれば、控訴人は、本件事故に遭遇しなければ、四七歳まで競輪選手を続けられたものと認めるのが相当である。

控訴人は、《証拠略》によれば、競輪選手の平均在籍期間は二七年九か月であり、控訴人が競輪選手として登録した昭和五五年四月一日当時二四歳六か月であるから、一見、控訴人は五二歳三か月まで競輪選手として稼働可能であったというべきようにみえるが、控訴人が本件事故当時在籍していたA級二班の平均年齢は二九・四歳であるのに、控訴人の年齢は三六歳一か月であったのであるから、控訴人は、その精進により平均年齢よりも七歳近く高齢になるまで在籍していたことになるので、少なくとも、前記平均年齢に六歳を加えた五八歳、そうでなくとも五七歳までは稼働可能であったとみるべきである旨主張する。

《証拠略》によれば、六〇歳を過ぎても競輪選手として稼働している者もあることが認められるが、競輪選手のように体力を重要な要素とする職業の残存稼働可能期間を考えるに当たっては、在職期間よりも年齢を重視して考えるのが相当というべきであり、本件においては、他に特段の事情も認められないのであるから、右の主張を採用することはできない。

(二) 逸失利益の算定

(1) 症状固定後(平成五年一月二三日)から四七歳まで

控訴人は、本件事故による後遺症がなければ競輪選手として稼働し、年間五八〇万〇六五九円を下らない収入を得られたものというべきところ、控訴人の後遺症は前認定のとおり軽微であるが、右後遺症の部位と競輪選手としての特殊性に鑑みれば、右後遺症のために二割程度の労働能力を喪失したものと認めるのが相当であるから、逸失利益は、ライプニッツ方式により中間利息を控除すると、次の算式により一〇〇五万六八一〇円となる。

[5、800、659×(2+75/365)+5、800、659×6・4632]×0・2=10、056、810

(2) 四八歳から六七歳まで

競輪選手として稼働可能な期間後の逸失利益については、労働能力喪失割合を〇・五割とし、控訴人が工業高校卒業であるから、当裁判所に顕著な平成六年賃金センサスの産業計・企業規模計・男子労働者・新高卒・四五~四九歳の者の平均年収六六一万一八〇〇円を基礎として、ライプニッツ方式により中間利息を控除して算出した二七八万八四九三円をもって本件事故と相当因果関係のある逸失利益と認めるのが相当である。控訴人が現在現実に得ている収入が右の平均年収より大幅に少ないとしても、右の判断を左右するに足りるものではない。

6、611、800×(14・8981-6・4632)×0・05=2、788、493

7 受給者拠出金負担増による損害 七四万四八三二円

(一) 当裁判所も、控訴人の主張する二八六万円は、本件事故による損害であるとは認め難いものと判断する。その理由は、原判決の「事実及び理由」第三の二6に記載のとおりであるから、これを引用する。

控訴人は、競輪選手年金規定によれば、受給者拠出金の納入については、附則6が「競輪選手年金受給権者で加入期間が一五年未満の者は、別表受給者拠出金を加入期間年数に応じ退職給付より差引き納入するものとする。」と定め、この受給者拠出金以外に規定はないので、右規定に基づき退職金から控除された二八六万円は、本件事故による損害である旨主張するが、《証拠略》によれば、右に引用した原判決認定のとおり、財団法人全国競輪選手共済会においては、加入者は、その収入から毎月二万円ずつ控除されることにより、受給者拠出金に充てており、その上更に、右附則6の規定に従って、退職金から受給者拠出金が控除される運用がされていたのであり、右の運用は、制度の趣旨に照らして合理的であるというべきであるから、右の主張は、採用することができない。

(二) しかしながら、前記6(一)で説示したとおり、控訴人は、本件事故に遭遇しなければ、四七歳まで競輪選手として稼働可能であったと認められるところ、本件事故に遭ったため、平成七年四月七日(控訴人・三九歳)、競輪選手の登録を抹消され、その後八年間にわたって月々二万円ずつ控除されるべき合計一九二万円及び八年後に退職金から控除されるべき九四万円を一時に控除されたのであるから、次の算式(ライプニッツ方式)による中間利息七四万四八三二円の損害を被ったものというべきである。

(1、920、000-20、000×12×6、4632)+940、000×(0・05×8)=744、832

8 慰謝料 二三六万円

(一) 傷害慰謝料 一三六万円

前記の控訴人の傷害の部位、程度、入通院期間等を総合すると、傷害慰謝料は一三六万円が相当である。

(二) 後遺症その他の慰謝料 一〇〇万円

前記後遺症の部位、程度及び本件事故の態様(ひき逃げ)等を総合して、後遺症その他の慰謝料は一〇〇万円が相当である。

9 合計 二三〇八万〇四四五円

三  過失相殺

当裁判所の事実認定は、原判決二二頁二行目の冒頭から同二三頁九行目の末尾までに記載のとおりであるから、これを引用する。

右の事実によれば、控訴人の前記損害額につき二五パーセントの過失相殺をするのが相当である。

そうすると、被控訴人の賠償すべき額は一七三一万〇三三三円となる。

四  損害の填補 六二八万四六二一円(争いがない。)

前記三の金額から右填補額を控除すると、残額は一一〇二万五七一二円となる。

五  弁護士費用 一〇〇万円

本件事案の内容、審理経過、認容額等を総合して、本件事故と相当因果関係にあるものとして被控訴人に請求し得べき弁護士費用としては一〇〇万円が相当である。

六  結論

以上によれば、控訴人の請求は、被控訴人に対し一二〇二万五七一二円及びこれに対する平成七年四月八日から支払ずみまで民法所定年五分の割合による遅延損害金の支払を求める限度で理由があり認容すべきであるが、その余は理由がないので棄却すべきである。

よって、本件控訴に基づき、右と一部異なる原判決を右のとおりに変更し、本件附帯控訴は理由がないからこれを棄却し、訴訟費用の負担につき民事訴訟法九六条、八九条、九二条を、仮執行の宣言につき同法一九六条を各適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 塩崎 勤 裁判官 川勝隆之)

裁判官 瀬戸正義は、転補につき、署名押印することができない。

(裁判長裁判官 塩崎 勤)

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